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2011年4月18日月曜日

サクリファイス 近藤史恵

何年か前、深夜のテレビでツール・ド・フランスのダイジェスト版が放送されていたのを見て面白くてハマった覚えがある。ちょうどランス・アームストロングが連覇してた頃だ。
チームがあってそこに何人も所属しておりスプリントレースや山岳レース、タイムアタックなどいくつものステージを戦って総合優勝を狙う。
見始めたときにはルールも何もわからず、車列が一列になって走っていて違うチームなのに前に行かせたり行かせてもらったりしていることが不思議でしかたなかった。しばらく見ているとそれなりに彼らがチームプレイで走っていることに気付く。レース展開によっては彼らの中からステージ優勝する者が出てくるかもしれないが、彼らの仕事はチームの中のエースを勝たせることなのだ。だから彼らアシストは時に集団のペースを乱したり集団をひっぱったり、エースが勝つために自らを犠牲(サクリファイス)にするのだ。
そうしたアシストたちの集団の中の駆け引きがわかってくるとより一層レースを楽しんでみられるようになる。

この『サクリファイス』は日本のチームに所属しアシストとして走っている白石誓(しらいしちかう)からみたチーム内の人間模様とそこで起きる事件を描いた作品である。

白石誓は高校時代陸上の中距離選手としてインターハイでも活躍していたのだがなまじある才能のおかげで精神的に追いつめられていた。そんな時、私と同じように深夜のテレビでロードレースを見る。
その時アシストの選手による駆け引きに惹かれそこに自分の居場所を見つけることになる。

もちろんこの物語の構成から当然のことなのだと思うが、アシストの選手が主人公で語り手となっているおかげで登場人物一人ひとりを見ていく上で非常にバランスの良いものになっている。
アシストというものの役割がそうなのだろうが、周囲をよく観察し周りの中の自分の位置、相手との距離感などを常にはかり自分の仕事をしていく。そんなアシストの仕事と物語の語り手という役割がうまくかみ合って魅力のあるものにしているように思う。



白石の所属するのは日本のチーム・オッジ。そこのエースが石尾豪、3年前に伸び盛りで自分を脅かしそうな新人を事故に見せかけて再起不能にしたと噂される。
彼は自転車にすべてを捧げ、それ以外は何の興味もなく修行僧のような生活をしている。己を厳しく律し、エースとしての自覚と責任を一身に背負っている。
その点では陸上選手としてのプレッシャーから逃げエースの黒子として自転車に乗っている白石とは真逆の存在なのかもしれない。
石尾はエースとして時にアシストの選手を犠牲にしてトップを目指すのだ。非情なまでのエースとしての振る舞いの裏には犠牲となったアシストたちの無念もなにもかもすべて背負い込んでいこうとする恐ろしいまでの責任感があるのだが、それを表には出さないために理解されないことも多くそれが前述の噂の遠因ともなっている。
そしてその責任感が最後には彼の命を奪ってしまうのだ。


"サクリファイス(犠牲)"
アシストの選手が払う犠牲のことをいっているのだろうが、エースの石尾もまたすべてを犠牲にしてロードレースを戦ってきた。
アシストの選手が犠牲を払ってもエースが勝てるとは限らない。
エースが他のことを犠牲にしても、そして野心のある者が己の肉体と倫理観を犠牲にしても得られないものもある反面、アシストに徹して桧舞台に上がらないことでその幸運(海外チームからの誘い)が舞い込むこともある。
自分の思うようにいかないのは世の常なのだろうが、ある意味「逃げ」で転向した自転車レースで、本当の走る意味、本当のアシストの意味を知り先に進もうとした白石にその幸運が舞い込んだのは物語として出来すぎなのかもしれない、とちょっと思ってしまった。
まぁ話の展開上、そうせざるを得ないのだけれど・・・


最後まで読んで、どんでん返しもありミステリーとしても結構面白かった。エースとアシストの関係性、そしてエースの石尾の人間性をミステリーの核としていて石尾の真情が発露される時全ての疑問が繋がり、白石の心も前に進むことができたに違いない。
ただもう少し各エピソードというかレースや人間関係(白石と香乃、チーム内のメンバー同士)を掘り下げて描いても良かったのではないかと思うのだが・・・
番外編をいくつか書いているようなので作者としても描き足りない部分があったってことではないのかな・・・
その点がちょっと残念な気がする。

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