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2011年12月12日月曜日

鎮火報 日明恩

これまであまり描かれることのなかった消防士の活動と日常をリアルに取り上げた物語であると同時に、ひとりの新人消防士が消防の現場での困難さ、理不尽さを経験し成長していく姿を彼目線で描いた物語になっている。
加えて、いろんな要素が盛り込まれていてそれぞれが楽しめるものになっている作品だ。

大山雄大 入庁一年半、赤羽台消防出張所に配属されて半年の新米消防士。
物語は彼の目を通して語られていく。
それは読み手である私たち一般人が知り得ない、消防署での日常であり、火災現場での消防士の活動を事細かく描写していくのである。
語り手である大山雄大はお世辞にもやる気満々の消防士とは言えず、いつかは現場を離れ9時-17時勤務の内勤に移ることを願って今の仕事を続けている。そんな雄大によって署内での食事風景やら出動のない時の過ごし方・整備方法などがボヤキと共に語られていく。
そして火災などで出動するときも出動準備・現場へ向かう方法・現場までの緊急車両に対する一般人の対応・そして現場での消火・救助活動についても我々が知らなかったことを彼の言葉によって教えてくれるのだ。
この消防士、そして消防署についての描写は解説でも書かれているがホントに知らないことばかりで驚かされることだらけだ。消火栓にメーターが付いていて水道代を消防署に水道代が請求されるなんて思いもよらないことだった。
そしてその知らないことは、我々一般人の対岸の火事的というか、自分のことでなかったら非協力的だったりすることへと続いていく。
サイレンを鳴らしてスピーカーで緊急車両の通行を知らせても道を譲らないドライバーがいたり、消火栓の上にクルマを駐車していたり・・・
よくスーパーなんかの駐車場で身障者用の駐車スペースに明らかにそうでない車が停められていたりするのと一緒で、その当事者は自分の行為によって起こることの結果を全く考えていないのだろうな。たまに買い物でそんなクルマを見かけたときに感じる苛立ちを消防士の人たちは日々感じているのだろう。でもってそんなことをその当事者にはぶつけることができるわけもなく、いら立ちを人々を救助する力に変えていってるに違いない。

物語はひとつの火災出動の通報から動き出す。
火災の通報を受け現場に向かうとそこでは不法滞在の外国人摘発が行われており、その最中にそうした外国人ばかりが住むアパートから出火していた。
雄大たちがアパート内に入り消火・救助活動を行うもののアパートは全焼してしまう。雄大は消火活動中に奇妙な出来事を目撃するが、その答えが出ないままその現場をあとにする。
やがて不法滞在の外国人が多く住むアパートの連続出火事件が起き、そこに隠された犯行の理由がすこしずつ明らかになっていく。

この物語ははじめにも書いたが日々救助・消火活動を行う消防士の消防小説であり、大山雄大がその活動を通して消防士として、そして人間として成長していく物語としても読める。また連続火災事件の謎を追うミステリ小説としても楽しめるいろんな面を持つ小説だ。
そう、読む人の感じるところの多い部分で小説のジャンルが変化するように、この物語の中の人物の関わるというか、立ち位置というか、そうしたポジションによって人が考えること、信じることはまったく違うものになり、それはそれぞれの登場人物が思うところの「正義」までもが違ってきてしまい、そのことの行き着く先には悲劇が待っているのだ。
そうした自分の信じるものは時として他者の信じるものを受け入れることが出来ず相手を拒絶してしまう。自分のこと以上に他者の存在・考えを受け入れることは難しい。自分も相手も同じように受け入れることはもっと難しい。
そのことを雄大はツライ経験を通して理解出来るようになり、そうした他者を受け入れることが出来るようになったのではないだろうか。


最初、この小説を書いたのは、男性作家だと勝手に思っていた。
読んでいると、なんか違和感があるなとずっと感じていた。やたら言葉のリズムというか文体が女性のような気がして仕方なかったのだ。
それであらためて作者のプロフィールを見てみると、「日明恩(たちもりめぐみ)日本女子大卒業」とあり、「あーやっぱり!」と納得できた。どう考えてもこの文体は女性だよなぁ。納得出来たら違和感なく読み進むことが出来てよかったよかった!

ちょっと気になった点・・・
消防士の活躍を描く、ということでその消防ということを調べ取材したからこそ、我々が知り得ない消防士のことが事細かく知り得たのだろうと思う。そしてそれが雄大の言葉というか心の声の中で詳細に語られていく。
確かに知らないことの連続で消防士の生活についていろいろと教えられたのだが、個人的にちょっとそうした説明の言葉が多すぎたのでは、と感じてしまった。正直そこまで説明しなくても十分消防士の大変さはわかることが出来たと思うし、中にはそこまでの説明は展開上いらなかったのでは、というものもあったように思う。説明しすぎてそちらへ意識がいってしまい物語への感情移入が中断してしまうことが度々あったのだ。
直木賞の選考委員、平岩弓枝・阿刀田高のお二人は森絵都の評言で調べたものを全部書くのは避けて作品に必要なものを選んで使え、と言ったそうだ。特に平岩弓枝は「80%捨てて書けたら大成功と私は教えられた」とも。
そんなことをちょっと思い出してしまったのだが・・・
なんか作者はそうした説明も、物語の中の雄大の考えも、気になることはすべて書いておかなくてはいけないと思う性格なのかもしれないな。これはこれでこの作者の個性だと思いたい。
そうしたことが関係あったかどうかわからないけれど、私がもっとも感情移入して読めたのが第十一章以降、一番は第十三章以降かもしれない。あくまで個人的にだけれど・・・

それでも独特の文章のリズム感はなんだか浪花節のようにも感じ、読みやすくて登場人物たちも独特の個性ぞろいで楽しく読むことが出来た。
続編もあるようだし雄大の今後の成長も楽しみである。

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