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2011年5月5日木曜日

ある小さなスズメの記録 クレア・キップス

人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯


これは一人のイギリスの婦人が玄関先で拾った巣から落ちたスズメの雛を保護し育てた記録である。だから人間との関係性を誇張し無理に感動させようとする文章は見当たらない。あくまで記録に徹しスズメの様子を事細かく淡々と書き残したものだ。



しかしその淡々とした文章の内容には驚くべきことが書かれているのだ。
そのスズメ(後にクラレンスと名付けられた)は戦争の色濃くなってきた1940年、玄関先の地面に瀕死の状態でキップス夫人に見つけられた。
右の翼と左足が変形しており、おそらく親鳥に見捨てられ巣から落とされたらしいのだ。

キップス夫人の介護によって元気になった雛はやがて驚くべき個性を見せ始める。
自分の命が助かり身の回りの安全が確保されるとわかると彼(性別は♂らしい)は夫人に対して自己を主張し自分の生活パターンを変えることを許さなかった。

そして彼自身が楽しむために芸をし始めたのだ。
トランプやヘアピン、マッチ棒などをつかって自分も楽しみ、そして空襲で防空壕に逃げ込んで不安な人々を楽しませた。

その姿 は誰にでもすごい可能性を秘めていると思わせるに十分だ。

彼には障害がある。たまに障害があるからこそ乗り越えようとする力が発揮される、というようなことを聞くことがある。
そういうことも確かにあるのだろうがそれよりもそうした力は個性の問題だと思う。
障害がある全ての人がすごいことをしようとするわけではなく、また障害のない人でも何もしようとしない人もいるし偉大なことを成し遂げる人もいる。それを目指すか目指さないは良い悪いということではなくて、やはり個人個人の個性の違いなのだと思う。
そして彼はきっと障害がなくても一般的なスズメよりもずっと優れたスズメになったに違いない。

歳をとり脳卒中をおこしたクラレンスはさらに動きが制限されてしまう。
しかし生まれついての前向きな性格の彼は自らリハビリを行い困難な状況を克服していくのだ。
ここまでくれば彼がスズメだということをついつい忘れて読み進んでしまう。ただの小さなスズメが本当にここまでできることはただただ驚きである。

そのクラレンスを時には優しく、時には厳しく見つめてきたのが作者のキップス夫人だ。
あくまで記録だから淡々と綴っていくとは言っているものの、やはりそこは自分の子供のように愛情込めて育てているため、つい感情のこもった内容になってしまっているのはしかたのないことだろう。
クラレンスがその才能を存分に伸ばすことが出来たのもこのキップス夫人がいたおかげなのだ。
夫人がどうすれば彼が伸び伸び育ち、彼の要望がどんなものか、等々を考えてそれを工夫して彼に施し彼が安心して暮らしていけるようずっと見守っていたのだから。
まぁクラレンスが生きていれば「僕が夫人を見守っていろいろ教えてあげてきたのさ」と言うのかもしれないが・・・


12年もの長い年月を生きられたのは夫人の努力と彼の努力、そして2人(1人と1羽)がお互い深い信頼で結ばれ安心しきれる環境にいられたおかげなのだろう。

深い愛情物語に感動する。

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