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2011年10月15日土曜日

九月が永遠に続けば 沼田まほかる

第5回ホラーサスペンス大賞受賞作だそうだが、それに惹かれたのではなく「沼田まほかる」という作家の作品を読もうと思って、今回これを選んで読んでみた。

ホントは「猫鳴り」を読もうと思っていたのだが・・・



高校生の一人息子を持つ母子家庭の母親、水沢佐知子が主人公の物語。
彼女の心の中の独白を中心に話が進んでいく。



冒頭、付き合っている男との逢瀬の後、次の約束をして交差点で車から降りるシーンから始まる。
その時点から母として、そして女として、後悔と欲望の狭間に揺れる彼女の気持ちが読み手が辛くなるほど語られていくのだ。

そしてその葛藤は、一人息子の失踪をきっかけにさらに加速していくことになる。

息子の文彦はある夜、出し忘れていたゴミのポリ袋をゴミ置き場に出しに行ったまま帰ってこなかったのだ。
サンダル履きで財布も持たずに出て行ったので家出とは考えられず、誘拐かそれとも何か事故にでもあったのか、まったくその理由がわからない。

そして更に自分が付き合っていた男が駅のホームから転落し電車に轢かれて死亡してしまうに至っては、息子の失踪と男の死が別のこととは考えられなくなり、心の中の混乱は極限に達しようとする。

息子はどうしていなくなったのか。
その理由が主人公と同様に読み手にもまったくわからず、その理由が知りたくて次々とページをめくっていく。

だが、読み進んでいくと物語は更に混迷の中に入り込んでいく。

前夫の精神科医師が登場し、そしてその前夫の現在の妻とその娘の存在が語られるのだが、その妻の過去が語られるとき、それはそれは口にするのもおぞましい災厄が彼女に降りかかったことを読み手は知ることとなる。

その過去の出来事の部分もそうだが、どんどんと読み進みにつれ、読む側は精神的にとてもしんどい気分にさせられていく。
主人公の水沢佐知子は母として、息子を探し出そうと、そして息子が失踪した理由を探そうと必死にあれこれ考えを巡らせていくのだが、そこに前夫や前夫の妻が絡んできて「女」としての複雑な思いが真っ直ぐに考えることを困難にしていく。


もう読んでいてかなり精神的にしんどい。
このしんどさはなんだろうと思ってずっと考えていたのだけれど、男の私にはさっぱりわからない。
逆に男の私だからこの主人公の混乱した心の中が本当には理解し得ず、混乱と追いつめられた思いだけが投げかけられてしんどい思いをしたのかもしれない。

で、こうした思いをさせられるのを誰かの小説でもあったなぁ、と考えていたら、桐野夏生だった。
そういえば、彼女が直木賞を受賞した『柔らかな頬』も情事の夜に子供が行方不明になってしまう母親の目線で描かれた話だった。


どちらの話も基本的に未解決感が残ったまま終わっていくので読み終わってもなんだかもやもやしたものが残ったままの状態で投げ出されてしまうのだ。
これはかなりつらい。
クリントイーストウッド監督の『チェンジリング』もかなり希望のない胸が苦しくなる映画だったが、それでも最後の最後、ほんの僅かな希望は残してくれてそれが救いだった。
何かもう少し光差すものがなかったのだろうか・・・
これは男目線と女目線の違いなのだろうか・・・


とはいえ、この『九月が永遠に続けば』も桐野夏生の『柔らかな頬』も人間の「業」を描いたもので、それだからこそ苦しくなるのだろうしつらい気分にもなるのだろう。


そうか、私の「業」がそんな気持ちにさせてしまうのか・・・
あぁ、罪深い・・・

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